一日一善は意外に難しい

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一日一善という言葉があるが、これを実践できている人間が果たして世の中にいるだろうか?
3日坊主ではないが、あえて良い事をしようとしてもそんなに長続きするはずがないし、するチャンスがない日も間違いなくあると思う。
それにどの程度からが『良い事』なのかの判断基準も絶対自分ルールの変更に変更を重ねて、無理矢理一日一善したことになっていくことだろう。

そんなわけで、わずかではあるが一週間継続してみた。

①バスでおばあさんに駅を聞かれ丁寧に教えた。
 ただ、これだと聞かれたから答えただけになってしまうので、前の駅に着いたときにもう一度『次の駅ですよ』と声をかけた。
②この日は朝出てから家に帰るまで何もチャンスがなかったので、二日目にしていきなり恐れていた通り家に帰ってから無理矢理何かを探してみた。
 結果、奥さんにマッサージをしてあげる。
と言っても普段からしょっちゅうやっていることで、これが一日一善に入るのかが微妙だったので、いつもよりもかなり多めにしてみました。
③奥さんに届いた団地の共有の郵便ポストに入った宅配便を取りに行く。
 これもいつもやっているわけだが、通り道ではなくあえて取りに行ったので良しとしよう。
④エレベーターに乗る際、少し後ろを歩いてる人がいて、明らかに先に行ってもいい距離だったが、待ってあげた。
 ちなみに私は30階に住んでいるので、一度エレベーターが行ってしまうと次の人がだいぶ待つことになるのです。
⑤ベタだが電車でご老人に席を譲った。
⑥スーパーで棚から落ちていた商品を拾って元の場所に戻した。
⑦・・・・・

結論を言うと、やはり『良い事』というのは決めてやることではない。
そこに助けを必要としている人がいる時に自然にすればいい。
でないと、無理矢理良い事を探し求めて大した事でもないことを良い事と判断してしまうという、この行動自体が悪い事になってしまう。

最後に、一日一善をしよう、と決めて実施してきたことを7日目の『良い事』としよう^.^